折小野末太郎日記は南京事件をどう記録したか

折小野末太郎(おりこの すえたろう)は、南京攻略戦に参加した第十軍のうち第六師団の歩兵第三十六旅団において歩兵第二十三連隊第三中隊長を務めた陸軍大尉で、南京攻略戦に従軍した際につけていた日記が公開されています。

折小野末太郎日記はその人柄の影響からか記述が簡潔なため南京戦における日本軍の態様自体の記述が少ないですが、日本兵による掠奪に関する記述が若干見られます。

では、折小野末太郎大尉の日記では南京攻略戦で起きた日本軍の暴虐行為についてどのように記録されているのか確認してみましょう。

折小野末太郎大尉の日記は南京事件をどう記録したか

(1)昭和12年12月25日「不良兵ノ為ニ荒サレアルハ遺憾ナリ」

折小野末太郎日記の昭和12年12月25日には、日本兵によるものと思われる掠奪の記述が見られます。

中山陵ノ規模壮大ニシテ付近環境ノ雄大ナル天下一品ナリ。然シ神々シキ感ナシ、不良兵ノ為ニ荒サレアルハ遺憾ナリ。

出典:折小野末太郎日記 昭和12年12月25日※偕行社『決定版南京戦史資料集』南京戦史資料集Ⅰ339頁上段

日記の記述は「不良兵」としか書かれていませんので、それが日本兵か中国兵か判然としませんが、中国兵であれば「不良兵」とは書きませんし「遺憾」とも書かないはずです。

また、中山陵は孫文の陵墓ですから、そもそも中国兵が荒らすこと自体考えにくいので、常識的に考えて日本兵による掠奪の跡を描写したものでしょう。